夢から醒めない翼

映画や舞台の感想など

4月〜7月観劇まとめ

 

お久しぶりです。ずっと忙しくて全然更新できていませんでしたが、観劇はちょこちょこしてました。御茶ノ水ロック以降の観劇について一括で記録しておきたいと思います。

 

 

 

 

・舞台乱歩奇譚 Game of Laplace〜パノラマ島の怪人〜

 

原作ノータッチで観劇。キービジュからしてアングラっぽいなとは思っていたけど、開始1分で強姦シーンがあるのはさすがに予想外だった笑  断続的にグロ描写・胸糞描写があって、気が抜けない感じだった。笑わせてくれる影男さんには大感謝。グロ耐性が全くない人間なので3分ショッキングがキツくて二回目とか目瞑ってた。リンチシーンもウッとなった……閉鎖環境での洗脳、怖すぎない? ラストはここで終わるんかーい!という終わり方だし……救われない……

あとアケチくんが高校生なことにもびっくりした。絶対高校生じゃないでしょ……人生何周目だよ。コーヒー噴き出すシーンでマジで噴き出してんの面白かった。あとひたすら脚が長い。超ハイキック、カンフーの達人か?って感じだった。脚が長い。そういえばパノラマ島ミュージカル的な劇中劇のとき、アケチくんが通路挟んで隣の席に座ったの死ぬかと思った。近い。脚が長い。

 

 

 

・ミュージカル アメリ

 

これも原作映画観たことないままに観劇。最初のちっちゃいアメリが天真爛漫に生きるシーン、いつから私はこういう機微を失ったんだろうと思って、悲しさ半分、小さい頃の懐かしい感覚を思い出した喜び半分で泣いてしまった(泣くのが早すぎる)。子どもを持て余して神に祈るお母さんの気持ちも分かるし、あまり親に愛されている実感がなくて心に穴が空いているようなアメリの気持ちも分かるし、"人間愛"だった。

でも大人になったアメリがいっぱいいっぱいの時に助けてくれるのは幼い頃の自分であって、「大好きなパパとママ」って言ってた割に親に期待してないというか 親が助けてくれるとは思ってないんだね。アメリママ、飛び降り自殺に巻き込まれて死ぬのとかマジで可哀想で愛しいけど、「息子がいたなら……」はアメリがかわいそうだしそりゃ親に期待もしなくなるよな〜って思う。パパも、ドワーフ像が世界中飛び回ってるのを知って、それでも「無理に決まってる、帰ってこい」って言うのさすがに歪みすぎ感ある。

あとアメリママ、ゼノンのパラドックスが実際には起こりえないことも教えてなかったよね?毒親では…… 孤独な人間が理想で、アメリにそうなってほしかったのか?母亡きあとも「ゼノンのパラドックスを解いて」ってその教え=呪いに縛られる娘と、それを解いてくれる異性の話なんだね、これ。 典型的なお姫様話型では?

アメリみたいな純度の高い人がパートナーを見つけられたの奇跡だよな〜と思ったけど、妄想癖あってコミュ障なだけで、普通に計算してしたたかに生きられてるし全然大丈夫じゃんね!うらやましい!コミュ障が恋人作るのに一番有効なのは周りの人を味方につけることだと学びました!

ニノ、変わった趣味持ってて、きょどりながら出てくるから、おっ青二才童貞キャラか!?と思ったらポルノショップで働いてんの無理じゃない!?フランス人はギャップ萌えを解するらしい…… あの最後の電話でのやりとりも、もだもだなアメリに押して押した後サッと引くニノ・カンカンポワ、やるな……手練れだ……という感想。ああ言われた時のために私も場所と目印決めとかなきゃな!

配偶者を亡くしたり結構年いってる人たちがまだ恋愛に貪欲なのとか、女性が性にオープンなのとか、お国柄なんだろうなと。あと証明写真機の整備士の人が、「何も見てない」とか「死んでるみたいな目」とか散々な言われようだったのも面白かった。仕事している時の人間は死んだ目をしている  お国柄……

 

多様性を認めることの大切さを説いたストーリーなのかなと思うけど、やっぱ原案が古いからか、みんな異性愛者だったのがちっと引っかかったかな〜。ポリアモリーもいなかったし…… まあそれ考えだすと"恋"と"愛=大切に想う気持ち"の区別がわからなくなっちゃうんだよな。むずかしい。観劇したあと映画のアメリも観たけど、結構カット・変更点があったので比較検討アリだな〜と思いました。

 

 

 

・舞台 半神

 

これも過去の舞台はノータッチで観劇。「難解」「言葉遊びがすごい」という前評判から期待して観たら、案の定めちゃめちゃ好きなタイプだった。ちょっと西尾維新みもある。(世代だね)

仏教由来の名を持つシュラ=修羅と、キリスト教由来の名を持つマリア。精神のある場所(マリアが白痴だった時、彼女はバスタブの渦の先、第6の世界のはてにいた)しかり、どこまでも交わらない平行線のような2人なのに、身体は交わっているという皮肉。

言葉を並べることによる世界観構築、本当に良い…… 手術室、風呂場、海、灯台、螺旋階段、漏斗、棺…… 一見無秩序に見えるけど共通のイメージがあって調和が取れている。

2人の腰でくっついた身体はx、つまり性染色体の女性を表していて、女性性は水のイメージを持って表される。風呂場でエウレカ!と叫んだアルキメデスの名を持つ代数螺旋があったり、wikipedia:代数螺旋  ベンゼンの構造がバスタブと同じ六角形である上に水に溶けない・有毒という特徴を持っていたり、深読みし甲斐のある脚本で色々たのしい。1/2+1/2がタンゴのリズムになる、というのも本当らしい。タンゴは2拍子なのであーる! ( その他音楽 ) - タンゴ練習帳 - Yahoo!ブログ

他にも赤塚不二夫が出てきたのは六つ子と双子で張り合ってんのかな、とか謎のボクシングのシーンはシュラの名前が修羅だからかな、とかどうでもいい想像するのもたのしい。

ド文系なので螺旋方程式と音の関係を調べたけどよく分からなかった。解説が欲しい気もするけど他人に説明されると萎える厄介なおたくなのでやっぱりなくていいです。笑

空間を越えていくのは分かったけど、家庭教師の先生が双子のおじいちゃんたちの過去であることが分かって、時間も超克するんかい!となった。ifのスケールがでかい。時空間ともに一方向だけに進むんじゃなくて、双方向的に進むのも自由〜で良い。次元を行き来するツールが立体メガネなのもかわいい。

バスタブの角の数、化け物の数、あちらの世界"第6のはて"、と6という数字が多用されているけど、これは双子の2と、双子+先生の3の最小公倍数なのかなとフワッと思った。そういえば第九を歌うシーンがあったけど、9って6をひっくり返した形だよね。それだけだけど。

棺の中には結局どちらも入っていなかったし、シュレディンガーの双子やんけ……と思ったけど、どちらが死んだかは重要じゃないんだね。まあタイムリープできるしな……

シュラの「鏡を覗き込んで孤独という真珠に見とれてるのよ!」みたいなセリフぞわぞわしたな〜。わかる、割と世の中ってそういうとこある。"見せびらかす不幸"だった双子、見せびらかす孤独…… そして化け物の世界、第6のはては「孤独」。

「人間になる方に孤独はあげよう、君には音を作ってやろう」って、身体がくっついて"孤独がない"状態だった双子は、孤独を持っている"人間"ではなかったということ?

途中から急展開になっていってマリアが脱・白痴したことで、印象がガラッと変わってびっくりした。多面的にものごとを見るのは大切だってよ〜く分かりました。

 

 

 

・宝塚雪組 凱旋門

 

初めて宝塚を観たんだけど、女性が男性を演じるという特性上、どうしてもヘテロセクシズム的な話が多いんだろうなと気づいた。あと観劇する層が保守的な人が多いってのもあるのかな?ヘテロセクシズムでホモソーシャルで、なんだかなぁ……と思っちゃった。男役が娼婦を買う買わないってやる場面があったけど、女性の役者にこれやらせるって、男性中心社会を許容することを強いてない?って辛くなった。原作小説が古いのもあるだろうけど、社会の暗部とかアングラとして描くんじゃなくて、あまりに堂々と当然のようにそういうことを演るもんだから何も言えん。観た人たちは何も思わなかったのかな?それが一番やべーよ。私は宝塚向いてないみたいですね……

構成自体も普通に場面展開が早すぎるように感じた。ショーパートもちょっと冗長では……と思った。でも生オケは豪華だし、役者さんたちみんな歌が上手いし男役の人は低い声で演じるのすごいと思う。ただ普通に演出が合わなかったっぽくてかなしい。

 

 

 

 

 

 

こんな感じでした!8月以降も割と観劇予定詰まってるので楽しみ。では〜。